代表笹森 3月コラム

 3月のある日曜日のこと。お茶の水校にて、登壇した説明会を終えてほっと一息ついていたところ、隣の教室から何やらにぎやかな雰囲気が伝わってきます。覗いてみると、ちょうど「集団音楽教室 エキスパートコース」の授業が始まろうとするところでした。そしてそこには、アノネ音楽教室(当時「花まるメソッド音の森」)の開校以来、私自身が3年間教えていた子どもたちがいました。


 さらに、そこに中学受験でしばらく休んでいた子たちが久しぶりに教室に帰ってきて、

「よっ、久しぶり!」

「2年ぶりか?」

「いやいや、さすがにそんなには経ってないな(笑)」

と、和気あいあいと話していたのでした。

他愛もない会話ですが、教室に通い始めて7年目を目前とする今でもお互いつながり続けている子どもたちの姿を見て、心が温まりました。


 気づけばあっという間に1年が終わり、新年度が始まろうとしていますが、今年度もさまざまなできごとがあったので、少し振り返っていきたいと思います。


 まずは、2月の発表会での1コマについて。毎年、発表会の場で子どもたちの成長を定点観測してきましたが、夏休みや冬休みの「強化合宿」に参加した、特に高学年や中学生の子たちの演奏は、今年度になって一段とレベルアップしていました。そこでは、これまでのペースをはるかに超えた成長が見て取れました。技術面での成長のみならず、「音楽的」に弾くことへの意識がずいぶんと高くなっていることがわかりました。例えば、ある子の「P(ピアノ)」という記号の捉え方。音楽用語の辞典には単に「小さく」「弱く」などと載っていますが、その子は自分なりの、さらにその曲の、その部分での「P(ピアノ)」の表現にこだわり抜いて、作品を描いていました。


 また、急成長の足がかりとなった「強化合宿」についてある子に聞いたところ、「強制的に、1日中弾くしかない環境が良い。それも、嫌ってわけじゃなくて、友達がいるから楽しいし、みんながいるからがんばれる」と言うのでした。

 

 また、アノネ音楽教室から、コンクールで入賞する子も出てきました。今年度の「日本バッハコンクール」(ピアノコンクール)で3位という見事な結果を収めた4年生の女の子です。先日、その子にインタビュー(記事はこちらからご覧いただけます)をしたのですが、「音楽的」に演奏するうえで何を心がけているかというと、「たくさんの人の演奏を見たり聴いたりして、まねをする。そして、さらに自分なりに工夫している」とのことでした。詳細については、インタビュー記事を読んでいただければと思いますが、彼女もまた「音楽的」な演奏を磨きながら成長している一人です。「音楽的」というのは、前述の「P」(ピアノ)の事例にもあるように、情感がこもった、ていねいな表現であることを指します。これは、演奏者にとっての大テーマで、聴く人の心により豊かに響く音楽を紡ぐために、絶対に必要なことです。


 さて、皆さまは「1万時間の法則」という言葉をご存知でしょうか。「優れた演奏家になるには、20歳ぐらいまでに1万時間の鍛錬が必要」というもので、一昔前によく言われるようになりました。その論拠となる研究の対象になったのは音楽大学で学ぶ生徒たちで、さまざまなグループに分けて検証されました。


 それでは、この研究結果を実際の現場に当てはめてみるとどうでしょうか。音楽の専門校で学ぶ人は、多くの場合3〜6歳で楽器を始め、だいたい1日3時間以上は練習するものです。そうすると、20歳になるまで待たずとも、中学生くらいの時点か、遅くとも高校生くらいの時点で、すでに練習時間の総計は1万時間に到達しているはずです。さらに、1万時間の鍛錬を経たとはいっても、中高生のその人が、その時点で優れた演奏家になっているか判断するのは、時期尚早と言わざるを得ません。


 確かに、中学生や高校生で優れた演奏ができる学生はいますが、それでもその時点では演奏家になるためのスタートラインに立ったばかりで、むしろそこからの10年が勝負といっても良いと思います。以前のコラムでもお伝えしたように、音楽家がキャリアを充実させていく年齢のボリュームゾーンは、30歳前後であったりもします。


 では、練習時間が1万時間に到達したとき、実際にはどのような段階にいるか、現場の肌感覚で考えてみると、下記のようなことが思い浮かびます。


・ようやく自在に楽曲が表現できるようになる。

・弾きたい曲が一通り弾ける。

・譜面がスラスラ読めて、初めて楽譜を見る曲でも苦なく演奏できる。


 対して、お子さまが楽器を始めるときに、親御さんが夢見ることとして、「我が子にパッと譜面を見て曲を弾けるようになってほしい」「ベートーヴェンの大曲や、ショパンのバラードを弾いてほしい」といったお声をよく聞きます。しかし、これらの夢にはすぐに手が届くようで、意外と膨大な時間がかかるものです。


 初見演奏だけを例に取っても、毎日3時間以上楽器を練習してきて、たくさん楽譜を読む経験を積み重ねてきたような学生が通う音楽の専門校に、初見演奏の訓練に特化した授業があるくらいです。音楽のお稽古を受けていたら、できて当たり前だと思われがちな初見演奏ですが、実際はそのくらい高度なことなのです。だからこそ、小学生時代にすらすらできないとしても、全く問題がないとお伝えしたいと思います。


 それでも、アノネ音楽教室の子どもたちは、日々取り組んでいるアプリ教材『プリモ』によって、譜読み(演奏する楽曲の楽譜を読み込むこと)やリズムに関する力が、明らかに非常に高い水準にあります。簡単な内容であれば(専門的な教育を受けていなければ大人でも簡単ではありませんが)、楽譜に書かれていることや聴いた音を、自在に理解したり扱ったりすることができるくらいの力が付いている子が大勢います。いわば、母国語を使いこなすように音楽を楽しめる、「音楽的ネイティブ」と言っても良いほどです。もちろん、まだ『プリモ』に取り組むことを習慣化しきれていないという場合は、担当の教室長や実技レッスン講師にお気軽にご相談いただければと思います。


 さて、先述したように、立派な演奏ができるようになるまでには、ある程度の道のりを要します。そして、何よりその「1万時間の努力」を支えるのは、才能以上に興味関心なのだということも、さまざまな研究で、そして、アノネ音楽教室と子どもたちとの歩みから、明らかになってきています。


 アノネ音楽教室では、スパルタな指導ではなく、まさに興味関心を育てていくことを大事にしています。ワクワクしながら、前のめりに音楽に取り組める心を育み、結果として、プロでもアマチュアでも楽しみ続けられる音楽家を輩出することが、私たちにとってのゴールです。このことは、7年目を前にして芽吹きつつあります。一方で、必ずしも順調ではなく、ここにきて反抗期の波が押し寄せているという子どもたちも、ちらほら見られます。年齢が上がれば当たり前ですし、「1万時間の法則」を基準に考えれば、当教室の多くの子どもたちにとっては、ようやく折り返し地点というところなので、焦らず続けられるようお力になりたいと思っています。


 そして、数年以内には、一つの集大成として子どもたちによる海外演奏旅行を実現したいと考えています。ヨーロッパの大聖堂での『キリエ』(集団音楽教室で扱っている教会音楽の曲集)の合唱を想像するだけでも、心が躍動します。今年は、その企画を始動するための準備や、カリキュラム考案に取りかかりたいと思っています。そんなふうに、今後も子どもたちの豊かな成長につながる取り組みを続けてまいります。この4月からも、「1万時間」のさらに先の世界を目指して、皆さまとご一緒に走り続けていきたいと思っております。


 追伸:私事で大変恐縮ですが、この度入籍をいたしました。直接ごあいさつするべき方がたくさんいらっしゃるところもどかしい限りですが、コロナ禍においてなかなかその機会に恵まれないため、この場を借りて感謝とともにお伝えさせていただきます。


アノネ音楽教室 代表笹森壮大

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