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代表笹森コラム 7月号

 昨今は一向に抜け出せない長いトンネルの中にいるようですが、皆さま健やかにお過ごしでしょうか。3月にオンライン授業施行へ舵を切り、7月からオンライン授業とリアル授業の並走。ここまで走り抜けてこられたのも保護者の皆さまのご理解とご助力があってのものだと、身に染みて感じています。突然の環境の変化でストレスが増す中、リトミックからエキスパート、レッスンと、音楽教室と各コンテンツの新しい枠組みに都度対応していただき、誠にありがとうございました。そんな中で、子どもたちの笑顔や保護者の皆様からのたくさんの励ましの言葉に社員一同、何度も勇気づけられました。本当にありがとうございます。

 コロナと共存していくことが前提になりつつありますが、今年度は桜の花も新芽も見ることもなく、ひたすら自宅に篭り、パソコンと対峙する時間ばかりが増えました。

私は定年退職をした母と父、それから祖母を長野から呼び寄せて、4月から一緒に住み始めました。なぜ一緒に住み始めたかというと、認知症が始まった祖母と、持病で右半身不随の父のケアを母だけ負担するのは…というと聞こえはよいですが、それとは別に私の中に幼少時代の食卓での団欒の風景をもう一度、という気持ちが残っていたからです。そんな中ちょうどコロナが重なりました。かれこれ15年以上家族と生活をしていなかったので、家族のイメージが美化されていたのでしょうか。認知症の祖母と、父母との同居の大変さをすっかり忘れていました。その話はまた後ほど。

 先日レッスンでは、検定試験がはじまりました。検定試験とは、小学生以上のレッスン生を対象とした試験で、年に1度課題曲に取り組み、撮影をするというものです。私の門下でも実施しましたが、例年と時期がずれた中でも子どもたちはよく頑張りました。そして保護者の皆さまにもたくさんのサポートをいただきました。そんな中、高学年の子が反抗期に入ってきたなぁ、と感じる場面に遭遇しました。オンラインでの授業中、私が指摘をすると僅かながら不服そうな表情を見せたり、こちらが必死に話をしていても、食い気味にフンフンフンと受け流したり。こちらの指摘を受け止められないのは本人なりの言い分があるからこそです。反抗期らしいですが、そこにも成長の喜びを感じます。そして指導者として「待ってました」とばかりに腕を鳴らしたくなるのは、まさにそんな時です。第二次性徴期は心も体も全く別のいきものとして変態していきます。その過程でごまかしたり、欺いたり、言い訳する真似も、成長の健全な証。伸びるからこその、成長痛に似ています。

しかし今回は、レッスンがウェブ上ということもありました。大人の体の大きさが醸し出す迫力が落ちますし、視線を離させない緊張感も通じません。私の言葉が腹の底に届いていない時、こんこんと諭してもオンラインでの伝わり辛さを感じると同時にリアルのふれあいを欲した瞬間でした。しかし、そもそもこれまで子どもに話をきいてもらっていたこと自体が、リアルな環境に依拠していた部分も多かったということが顕著に炙り出された感じがしました。オンラインにより子どものありのままの気持ちが素直な反応として返ってくる。それは良くも悪くも授業の魅力が試されます。

 イギリスの諺に「馬を水辺につれていくことはできても飲ませることはできない」という言葉があります。教育の真理をついているなぁ、と思います。大人が本を読む大切さをいくら説いても、子どもに読みたいという気持ちを強いることはできないのと同じで、練習の仕方や価値を熱心に訴えたとしても、「丁寧に練習したい」と思う気持ちは本人の心次第。ですから、私が画面越しに、「こういう練習が大切なんだよ?」「練習って、自分の弱さと向き合うことなんだ。だってさ〜」と説明しても、やる気が遠ざかることもあります。子ども自身が「それ大事だな〜やってみよう!」と思わなければ意味がない。そのことはとうにわかっているつもりなのに、「高学年だからこそ論理的な対話ができる」と、セオリーを盾にツラツラと指導をしてしまう。自分は彼のやりたいという心を育てる指導ができているのだろうか、という問いが頭の中で反芻(はんすう)しました。そして先日リアルで会った時、その時の素直な気持ちを伝えました。「本当は楽しくレッスンをしたいのにネチネチ言ってごめんね」と。この数ヶ月間、彼が画面越しに時折見せていた固い表情とは変わって、素直な表情で聞いてくれた気がしたのは、私の勘違いではなかったと思います。その週は午前中から練習に取り組んでいた、とお母さんから教えてもらいました。

 さて、冒頭でも書いた認知症の祖母についてですが、トイレと下駄箱の扉を覚えられませんし、スリッパの上にさらにスリッパを履いてしまいますし、スパゲッティーにはブルーベリージャムを入れてしまいます。止めようとすれば新しい何かが。いたちごっこです。ご飯を食べたことも忘れてしまい「さっき食べたよ」と伝えると、本人は「あ、ボケた!」と笑っています。そんな具合ですが、大好きなデイサービスの日だけは、普段は一向に起きないのに早々に身支度を済ませ、何度も時計を確認して、まるで遠足を心待ちにする子どものようです。なんでも友達と歌ったり折り紙をしたりすることが楽しいそうで、帰宅後、その日の出来事を嬉しそうに教えてくれます。何も覚えられず、今まで覚えていたことすらも忘れていってしまうのに、心から楽しんでいることであれば、必死に体を動かし、嬉々として忘れまいとしています。

 相手にできないことがあれば、私たちはついつい手綱を引いて水を飲ませようとしてしまいがちです。しかし、相手の心の赴(おもむ)く先までは決められません。それは子どもも大人もお年寄りもつくづく同じだと感じます。そしてこのコロナ禍でも変わらずできることは、「やる/やらない」より「やりたい/やりたくない」という相手の心に焦点をあてた時間を共にしていくこと。自ずと水辺に駆け寄りたくなるような、そんな伝え方を心掛けたいと思っています。

アノネ音楽教室代表 笹森壮大

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