top of page

代表笹森 9月コラム

 あっという間に夏が終わり、少し肌寒くなってきました。7,8月のコラムは例年通り合併号でお届けしましたが、その後の2か月間にもたくさんの出来事がありました。そのいくつかを皆さまにご紹介します。


 先日撮影が終わった「芸術鑑賞会」(和太鼓の回)が、その一つ目です。本来なら今回の会場である能楽堂に子どもたちを連れていって和太鼓の演奏を生で聴かせてあげたかったのですが、情勢を考慮して映像配信という形に切り替えました。配信にするからには最大限に臨場感のある映像をお届けできるよう、信頼する映像制作会社に依頼して高品質な収録を行いました。私自身は収録に立ち会ったり、チェロを携えて演奏に参加したりしました。慎ましくも凛とした能楽堂の空気。体全体にぶつかってくる大迫力の太鼓の音。圧倒されながらも、その空間と一体になるような心地良さがありました。


 皆さまを会場に招いて開催できなかったことがやはり非常に惜しまれますが、いずれまた完全な形で再演したいと思っています。今回は、この情勢下に少しでも華やぐ時間を持っていただけたらという思いから、特別に無料で配信いたしますので、楽しみにお待ちください。


 二つ目は、ジュニアオーケストラコースの発表会です。弦楽器を習う子どもたちが所属するこのコースは、現在立ち上がって数年。挑戦できる曲のレベルもだいぶ上がってきました。高学年や中学生になる子も増え、いよいよオーケストラとしての成長を感じています。全体合奏での音の厚みや、演奏に対する集中力には、驚きを覚えます。今では大人を唸らせるほどの音楽を生み出せるほどになってきました。


 特に高学年以上の子どもたちには、音楽にある本質的な喜びをつかみはじめている様子が見て取れます。家ではちょっと反抗的ですし、もう無邪気に「この曲好き!」と言ったりはしません。そんな彼ら彼女らは、ゆったりとした曲を味わい深そうに弾いたり、ぼそっと本音が漏らしてしまうかのように「すごくいい曲だと思う」という言葉をつぶやいたりするのです。そのような姿を見ると、作品の価値を共有できてきていることをしみじみと感じます。


 これは多感な時期だからこその成長で、私自身も中学生の頃に在籍していたオーケストラを通して、それまでにない感覚を知った記憶があります。そのオーケストラの指揮者はモーツァルトの音楽を「幸福感」という言葉で繰り返し表現されていたのですが、そのことが音楽に触れて充たされることの喜びを教えてくれたのでした。


 三つ目に、特別授業「アノネミュージックフェスティバル」─みんなで創る音楽祭─ で制作中の映像作品の編集が着々と進んできていること。現在は合唱の演目の制作を行っていますが、一人ひとりの歌声と姿が立派で、完成がますます楽しみになってきました。加えて、今後は個人実技レッスン生対象の楽器演奏の演目の収録も行っていきます。また、収録に向け、10月中旬頃より第二次募集が始まります。楽器演奏の技術が一定のレベルに達していれば、ラフマニノフの感動的な名曲『パガニーニの主題による狂詩曲』の演奏に参加することができます。今回は、ピアノ、ヴァイオリン、チェロの、それぞれのレベルに応じたパートをご用意しました。多くの子どもたちとともに、壮大なアンサンブルを創っていけたらと思っています。


 さて、話は変わって、今年から私のチェロの門下に中学生のA君が加わりました。彼はかつて私が集団音楽教室を担当していたときの教え子で、幼い頃から歌が大好きでした。ずっとチェロを弾きたいという希望を持っていたようで、ついに今年の1月にスタートしたのです。反抗期真っ只中の彼は、レッスンを始めてすぐに家で練習しなくなり、お母さまの頭を悩ませていました。私から伝えても練習せず、そのまま月日が流れました。


 自学自習ができるか否かに関しては環境要因が大きな割合を占める、と私は常々考えています。例えば、居心地が良い家で自分を律することの難しさはよくわかります。「自宅だと勉強(練習)しないんですよ」というご相談には、お子さまが低学年くらいまでの場合「家で緊張して背筋を伸ばしている方がかえって心配ですし、お家が幸せな証拠ですよ」とお答えしています。しかし高学年以上となるとそうも言っていられません。


 そんな中学生の彼に、私はあるとき、「レッスン室が空いている夜に来て自主練してみたら?」と提案してみました。意外にも「わかった」と前向きな返答があり、彼自身どこかで奮起しなければと思っていたことが伝わってきました。何も進んで自堕落になりたいわけではなく、面