リレーコラム:2026年10月 『「やってみたい」が生まれるまで』田端 結(たばた ゆい)
執筆者紹介:田端 結(たばた ゆい)
子どもたちからの愛称は”ゆい先生”で、専門の楽器はピアノ。お茶の水校・二子玉川校・たまプラーザ校で個人実技レッスンを担当し、今年度からは高学年総合コースの運営も担当。
長崎県出身で、幼いころから教会で讃美歌を歌い、音楽に親しんできました。学生時代はピアノのソロの演奏だけでなく、声楽やオペラの伴奏も学び、様々なジャンルの音楽を研究。最近では音楽合宿やクリスマスコンサートの運営にも携わり、さまざまな方面からアノネ音楽教室を盛り上げています。
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『「やってみたい」が生まれるまで』
「最近は、音楽三昧なんです!」
先日、レッスンでAちゃんが嬉しそうに、そう話してくれました。
「学校の授業では合唱の伴奏をずっと弾いているし、部活もたくさんやることがあって。身の周りに音楽がいっぱいあふれています!」
今年中学1年生になったAちゃんは、吹奏楽部にも所属しています。入部した当初は、「何の楽器を選んだら良いかな?」と心もとなげに話していたAちゃんですが、数カ月経った今では、一緒にマニアックな音楽の話題まで楽しめるようになりました。勉強に、部活動にと忙しい毎日であっても、Aちゃんにとって音楽は、「やらなければいけない」ものではなく、大きな楽しみのひとつになっているようです。
私がAちゃんの担当講師になったのは、Aちゃんが小学3年生のときでした。
Aちゃんはとても器用な子で、どんな曲でもある程度すらすら弾くことができます。言われたことはきちんとやる真面目な一面もありますが、自分から練習を始めたり、自発的に学びを深めるまでには、まだ少し時間が必要でした。
当時、お母さまからこんなご相談をいただいたことがあります。お母さまが体調を崩されていた時期、Aちゃんがひとりでも譜読みを進められたらと思ったけれど、なかなか自分から始めるところまではいかなかったそうです。家庭でのピアノの取り組み方に問題があるのではないか。お母さまも、どうしたらAちゃんが進んでピアノに向かえるようになるのか、悩んでいらっしゃいました。
それからは、お母さまと相談しながら「次はここまでやってみましょう」「今度はこうしてみましょう」と、Aちゃんに合わせた方法をその都度考え、二人三脚で歩んできました。
そんなAちゃんが、あるとき、学校の合唱の伴奏オーディションに出てみたいと話してくれました。何より嬉しかったのは、Aちゃんが自分で「やってみる」と決めたことでした。
挑戦を決めたAちゃんを、私もお母さまも全力で応援しようと話しました。しかし、Aちゃんが持って帰ってきた楽譜を見て、お母さまは「こんなに難しい曲、本当に大丈夫かな」と心配になったそうです。その頃のAちゃんにとっては、かなりレベルが高い曲でした。「指が届くのかな、こんなにたくさんの音が弾けるのかな」と不安は増すばかり。
ですが、本人はとても楽しそうに、一生懸命取り組み始めたのです。今まで以上に時間をかけて練習し、譜読みも音楽的な表現も短い期間で目に見えて上達していきました。最初は心配されていたお母さまも、気づけばすっかりAちゃんの応援団になっていました。
迎えたオーディション当日。Aちゃんは練習してきたことを出しきって、演奏を終えました。結果はその日のうちに先生から渡され、残念ながら落選。後でお母さまからいただいたメールによると、Aちゃんは帰宅してもなかなか結果を言いだせず、夕食の頃になって泣きながら「選ばれなかった」と言ってきたそうです。
普段のレッスンでは、Aちゃんの感情が揺れる様子をほとんど見かけなかったので、メールを読んで私も驚きました。後日、Aちゃんがくじけることなくふたたび前に進めるよう前向きにサポートしよう、とお母さまと話し合ったことを覚えています。Aちゃんにとって、この挑戦はそれほど大きな出来事だったのです。夢中になって努力し、望まない結果を受けて悔し涙を流すほど本気で打ちこんだ経験は、かけがえのない財産になったにちがいありません。
中学生になった今年、Aちゃんは念願だった合唱の伴奏をすることになりました。今回もまた、決して簡単な曲ではありません。しかし、これまでにレッスンで何度も難しい曲に挑戦してきたAちゃんにとっては、もう「どうってことない」ものでした。
また、伴奏と並行して、ピアノのソロの曲にも取り組んできました。先日、お母さまより「伴奏の曲ばかりやっていると思っていましたが、ソロの曲も着実に練習していたんですね! 今回は練習を家で一度も見なかったのに、いつのまにか弾けるようになっていて驚きました!」とうかがいました。以前なら心配が先に立っていたお母さまも、今ではAちゃんの成長を頼もしく感じていらっしゃるようでした。
子どもが自分から何かに挑戦する姿を見ると、私たちはつい「自主性が育った」などと表現してしまいます。けれど自主性とは本来、大人が「育てる」ものではなく、その子が安心して挑戦できる環境の中で、いつのまにか芽を出しているものなのかもしれません。お母さまが悩みながらAちゃんを支え、率直な思いをわたしに打ち明けてくださらなかったら、ともに試行錯誤できる環境は生まれませんでした。何よりAちゃん自身が「やってみたい」と思う課題を見つけられたことが大きかったでしょう。三者三様に悩み、考え、さまざまな努力や工夫を積み重ねてきたから、そのときは結果をともなわなくても、後のステップアップにつながったのだと思います。
Aちゃんとの4年間を振り返ると、子どもの成長を支えるとは、大人が正解を示して導くことではないのだと感じます。その子が何に悩み、何に心を動かされるのか。周りの大人も一緒に感じ取りながら、自分から一歩を踏みだす瞬間を待つこと。最初の一歩を踏みだしたときには、目先の結果だけでなく、そこに至るまでの過程も、ともに喜び、真摯に受け止めること。私もまたAちゃんとの関わりを通して、子どもの成長を焦らずに見守ることの大切さと、自分の意志で歩みだす力の大きさを学びました。
今はなかなか気持ちが向かず、大人から見るともどかしく感じられることもあるかもしれません。それでも、いつか本人のタイミングで「やってみたい」と思う日が来る。踏みだした一歩が、本人だけでなく周りの人や環境まで変えていくこともあるのではないでしょうか。積み重ねたものは、いつか別の場所でもその子を支えてくれると信じています。音楽三昧の日々について嬉しそうに報告してくれるAちゃんの姿を見て、私はこれからも、子どもたちが自分の「やってみたい」に出会う瞬間をすぐそばで見守っていきたい、とあらためて感じました。
アノネ音楽教室 田端 結(たばた ゆい) ― “ゆい先生” ―
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