リレーコラム:2026年1月 『反抗期』牛島 みずき(うしじま みずき)
- 広報 株式会社グランドメソッド

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更新日:3 日前
執筆者紹介:牛島 みずき(うしじま みずき)
専門の楽器はコントラバスで、個人実技レッスン・コントラバス科講師、ジュニアオーケストラコース講師やヴァイオリングループレッスン講師など、主に弦楽器のクラスで活躍しています。気さくで親しみやすい性格であることから、年中・年長さんから中高生、保護者の皆さままで幅広い年代から支持を受けています。
他の弦楽器に比べてサイズの大きなコントラバスは、比較的高い年齢になってからスタートすることが多い楽器です。現在小学校高学年や中高生でアノネ音楽教室に何年も通っている子が、みずき先生のコントラバスのレッスンを始めるケースが増えています。
「僕も大きくなったら格好いいコントラバスをやってみたい! そのためにも、今通っているクラスでがんばるぞ!」
そんな小さな子どもたちもたくさんいるのだとか!
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『反抗期』
「先生!! ちょっと聞いてくださいよっ!!」
すごい勢いでレッスン室に飛び込んできた6年生のAくん。明るく朗らかないつもの調子からはかけ離れた、激しい剣幕に私はたじろぎました。
「どうした!? 何があった!?」と聞くと、
「お母さんと喧嘩したんですよ!!!」と、堰を切ったように話し始めます。
母と子のあいだで何があったのか詳細は語りませんが、ことのあらましを聞いた私の正直な感想としては、(お母さまは何もおかしなことをおっしゃっていない。それどころか、子どもを案じる親の立場からすれば当然の正論ではないか)というものでした。しかし一方で、目の前にいるAくんは興奮冷めやらず、必死に訴えてくるのです。
そんな彼に年長者としての寛大さを持ってなだめたり諭したりしながら、
『うわー!! 懐かしいー!!』
と、私はしだいに感慨深い思いにとらわれていきました。なんとなれば、今では母とすっかり良好な関係を築けている私も、若い頃は、壮絶な親子喧嘩を毎日のように繰り広げていたからです。そんな個人的な経験から、Aくんの沸々と湧き上がる、やり場のない怒りが痛いほど伝わってきたのです。
私が母に対してとりわけ反抗的だったのは、大学生の頃。音楽大学に入学して、ずっと学びたいと願っていた音楽に思いきり打ち込める日々に、心躍らせていた時期でした。同じ楽器を学ぶ仲間にも恵まれ、毎日閉門ぎりぎりの22時まで大学で練習し、練習後はそのまま皆で食事に出かけたり、友人の家に泊まって音楽について熱く語り合ったり——まさに青春と呼ぶにふさわしい日々を過ごしていました。
ですが、ひとつ大きな問題がありました。その当時の私は実家暮らしだったのです。
毎晩、夜も更けてくると、
「今日ご飯いるの?」
「何時に帰るの?」
「いつまで遊んでるの!!」
と、母から頻繁に連絡が届きました。
今思うと「今日は食べて帰るからご飯は大丈夫!」などの報連相(ほうれんそう)を怠っていた私が100%いけないのですが、当時は毎度の催促がことのほか鬱陶しく、
「どうしてお母さんは私の邪魔ばかりするんだ」
とうんざりしていました。
そしてある日、遂に我慢できなくなり、
「もう出ていってやる!!」
と、親に相談せず一人暮らしすることを決め、勝手に引っ越してしまいました。
そのときの母の反応は、私の想像とは違ってあっけないもので、事実反対されることも止められることもありませんでした。
一人暮らしを始めて最初の頃は「自由だー!!」と有頂天になっていた私ですが、すぐに現実に打ちのめされることになります。それまでずっと実家暮らしをしていた私は、日常生活を営む大変さが決定的にわかっておらず、毎日ご飯を準備したり、部屋を綺麗に保つだけで精いっぱい。親元を離れ初めて、
『お母さんってありがたい存在なのかも…』
と、ようやく感謝の気持ちが湧いてきました。
そんな生活にも慣れ、数年経ったある日のこと。実家に荷物を取りに帰った際に、長く不在だった間に届いた私宛の郵便物の山を発見し、整理することにしました。私はその中から一通の封筒を掘り出しました。差出人は私が通っていた中学校で、封筒の中身は、中学3年生のときに20歳の自分に向けて書いた手紙でした。
「そういえば20 歳になる年に郵送してくれるって言ってたな。中学校も粋なことするな~」
と、懐かしい気分に浸っていると、私が書いたものとは別にもう1枚便箋が入っているのに気がつきました。まったく見覚えがなかったので不思議に思いましたが、読んでみると、達筆な母の字でこんなことが書かれていました。
《20歳になったみずきへ
◯◯高校、合格おめでとう!
あなたが付属の高校に進まず、都立高校を受験したいと言い出したときはとても驚きました。
でも、あなたは信念を貫き通すことができる子です。私はそんなあなたを誇りに思います。
大人になっても自分の信じた道を真っ直ぐに歩んでいってください。》
大学の付属校に通っていた中学生時代。周りの9割の子がエスカレーターで付属の高校に進学する中で、私は別の高校を受験することを希望しました。それも受験勉強にとりかかるにはあまりにも遅い、中学3年生の夏の時期に。
「もったいない」「今からじゃ遅い」
周囲からは何度もそう言われました。しかし、今振り返ってみると、母だけは何も言ってこなかったのです。それに、高校2年生になった私が突然、音大受験を言い出したときも、母は「本当にやるのか」とは聞いてきましたが、特に反対しませんでした。けっして心配しなかったわけではないと思います。それでも母は、きっと私を信じてくれていたのです。
『お母さんは私に無関心だと思っていたけど、そうじゃなくて私の一番の味方だったんだ』
そう思った瞬間涙があふれ、あれほど母を疎ましく思っていた自分が情けなく感じられました。私自身の自立を求める焦燥感と、陰日向に娘を支えてくれていた母への絶対的な安心感への一種の甘えから、反抗心が生じていたのだな、と悟って、私の反抗期は静かに幕を閉じていきました。
さて、冒頭のAくんの話題に戻りましょう。
最初は、ブワァーっとお母さんとの喧嘩の内容を吐き出して、なお興奮冷めやらず、といった様子でしたが、
「いやー、先生も昔よく同じように喧嘩していたから、Aくんの気持ちはよくわかるよ!」と共感を示しつつ、「まぁでもお母さんはこういう考えで言ったかもしれないね」と私はさりげなく伝えてみました。
Aくんはすこし考えこんで、「......そうなのかなぁ」と呟きます。
それからは、憑き物が落ちたようにすっと落ち着いて、普段通り穏やかにレッスンを受けてくれました。
帰り際に彼は、
「お母さんって〇〇のデザートが好きなんですよ。今コンビニで期間限定で売ってるから買って帰ろうかな!」
と明るく言い、最後は笑顔でレッスン室を後にしていったのでした。
アノネ音楽教室が開校して、はや10年以上のときが経ち、幅広い年齢のお子さまにお通いいただくようになりました。「あんなに小さかった◯◯ちゃんが、もう◯年生かー!!」と、毎年子どもたちの学年が上がるたびに、私は親戚のおばちゃんみたいな気持ちになってしまいます。
子どもたちは大人に近づいていくにつれ、様ざまな悩みや葛藤と向き合う機会が増えていきます。特に反抗期には感情の起伏が激しくなり、ひとつのことに熱中するあまり周りが見えなくなったり、やり場のない感情に苦しんだり、本人のみならずご家族にとっても大変な時期だと思います。しかし、それもまた成長の証ですよね。
私の場合、変化のきっかけは手紙でしたが、そうでなくとも、子どもが家族ではない第三者との関わりや、外からの些細な刺激によって、自身の心情や親の想いを客観的に認知できるようになることは、よくある事例だと思います。
アノネ音楽教室という、同年代の仲間たちや歳の離れた先生たち大人と飾らない関係でぶつかりあう場にあって、子どもたちが自分自身と向きあうための気づきや、人生をより豊かにしていくためのヒントを得ることができたなら、講師としてこんなに嬉しいことはありません。
今年も保護者の皆さまと一緒に、お子さまの成長のために尽力させていただきます。
本年もよろしくお願いいたします。
アノネ音楽教室 牛島 みずき(うしじま みずき)-みずき先生 -
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