リレーコラム:2025年7月 『玉響(たまゆら)のとき』浦岡 翠 (うらおか みどり)
- 広報 株式会社グランドメソッド

- 2025年7月29日
- 読了時間: 6分
執筆者紹介:浦岡 翠(うらおか みどり)
専門は声楽・オペラ・合唱。子どもたちからは「みどり先生」と呼ばれています。 アノネ音楽教室では、オンライン校土曜日『総合(小学生ベーシック)コース』の教室長を務め、声楽の個人実技レッスンや、イベント・コンサートでの合唱指導を担当しています。 また、花まる学習会でも教室長として集団授業を担当しています。
今回は、アノネ音楽教室で子どもたちと関わる中で感じたことをもとに、保護者の皆さま、そして子どもたちにも伝えたい想いを、私自身の経験談も交えながら綴りました。ぜひ中学生以上の子どもたちにも読んでもらえると嬉しいです。
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『玉響(たまゆら)のとき』
先日、知人との会話の中で「玉響(たまゆら)」という言葉を耳にしました。なんとなく聞き覚えはあったものの、意味を知らなかったので、改めて調べてみたところ、「ほんの少しの間」「一瞬」という意味をもつ古語で、玉と玉が触れ合うときに生まれる、かすかな音に由来するのだそうです。ここでいう「玉」は、美しい石=宝玉のことを指すと知り、なるほどと腑に落ちました。「玉響のとき」と聞くと、儚くうつろう時間を表す、なんとも奥ゆかしく美しい表現なのだと感じました。こんなにも繊細で豊かな日本語があるなんて、と驚き、そしてその言葉に出会えた喜びに浸りました。
日本語の奥深さにふれるたび、昔の人たちはこんなにも丁寧に、情景や感情にふさわしい言葉を選んでいたのだな…と感動します。言葉を知ることは、日常の中で見過ごしがちな、ささやかな変化や違いに気づくきっかけになるのではないかと思います。そしてその「気づく力」は、音楽においても、とても大切な要素だと私は感じています。
「玉響」という言葉を知らなかった今までの私は、水をひと口飲むときも、カップラーメンができあがるまでの待ち時間も、暑い夏を過ごすことも、すべて「少しの間」と表現していたかもしれません。「少し」という言葉はとても便利で、実際の時間の長さに差があっても、ひと言で済ませることができます(それでも伝わってしまうのが、日本語の懐の深さでもあるのですが...)。けれど、もう一歩踏み込んで言葉を選ぼうとすると、「刹那」「束の間」「一時期」など、ニュアンスの異なる表現がたくさんあります。もちろん、難しい言葉を日常的に多用する必要はありませんが、言葉の持つイメージを想像しながら、その違いを感じられるのは素敵なことだと思います。
…と、前置きが少し長くなりました。 今回のコラムのテーマは、「想像」です。
音楽において、音を大きくしたり、小さくしたり、短く切ったり、なめらかに繋げたりすることは、聴く人の心を動かすために欠かせない要素です。こうした表現技法は、私もレッスンで子どもたちによく伝えています。多くの楽譜では、音の強弱が「フォルテ(強く)」「メッゾフォルテ(やや強く)」「メッゾピアノ(やや弱く)」「ピアノ(弱く)」と記されています。けれど、たとえば「フォルテ」と書かれていても、それが穏やかな曲と激しい曲では、求められる音の質感やニュアンスが全く異なるのです。そこで私は、「優しいフォルテ」や「大空のようなフォルテ」、「嵐みたいなフォルテ」など、できるだけイメージを言語化して伝えるようにしています。すると子どもたちの中で、「フォルテ」という記号が、より立体的で個性的な表現へと変化していくのがわかります。一言添えるだけで、彼らは驚くほど豊かな表現ができるのです。
先日、声楽レッスンに通っている小学生のTちゃんと、「コンコーネ(※発声や音感を鍛えるための練習曲教材)」を使って練習していたときのこと。 その曲は、フォルテとピアノが交互に登場するため、息の量を瞬時に切り替えて、音量に明確な違いをつける必要がありました。
「ここのフォルテはどんな感じがするかな?」
「ん〜……」
「じゃあ、Tちゃんの好きなポケモンを想像してみよう! かっこよくて強いポケモンは?」
「リザードン!」
「いいね!リザードンが歩くときって、どんな音がしそう?」
「ドシン! ドシン!って感じ!」
「強そうだね〜! じゃあ次はピアノのところ。足音がかわいらしいポケモンは?」
「イーブイ! イーブイが好き!」
「じゃあ、ここはイーブイがスキップしてるみたいに、軽やかに歌ってみよう」
「うん、わかった!」
するとTちゃんは、見事にフォルテとピアノを歌い分けてみせました。ただ「強く」「弱く」と言葉で指示するだけでは難しかった違いも、彼女の大好きなポケモンを通してイメージすることで、演奏表現へとつながりました。音をイメージでとらえる力は、子どもたちの演奏を大きく支えてくれます。 この方法を教えてくれたのは、私が音大で出会った副科ピアノの恩師でした。
少し、私自身の話をさせてください。
私は4歳から大学受験まで、地元の厳しい先生のもとでピアノを習っていました。赤鉛筆で手の甲をパシッとたたかれたこともあり、ピアノにはずっと苦手意識がありました。「自分は下手なんだ」と思いながら、鍵盤に向かっていたのです。そんな私の意識を変えてくれたのが、声楽専攻で入学した音大で出会った、ピアノの副科の先生でした。立派なご経歴をお持ちの男性の先生で、最初は少し怖気づいていたのですが、実際にはとても丁寧に、できていることを認め、改善点は的確に伝えてくださる素晴らしい方でした。ある日、ドビュッシーの《アラベスク第1番》を選んでレッスンしていたとき、先生にこう言われました。
「浦岡さんは、どこか自信がなさそうにピアノを弾くよね?」
図星で、私は「はい」と小さく答えました。
「うまく弾こうとしなくていいから、想像してみよう」
そう言って先生が見せてくれたのは、ドビュッシーと同時代の画家・クロード・モネの作品でした。
「モネもドビュッシーも印象派。音と絵という違いはあるけど、同じ空気を感じると思わない? あいまいな色が重なって、じんわりとモチーフが浮かび上がる感じ。それを音で描いてみて」
私は、それからピアノを弾くときに、モネの絵のような響きを想像しながら練習するようになりました。そうしているうちに、初めて「ピアノを弾くのって楽しい」と思えるようになったのです。
だからこそ今、私が関わる子どもたちにも、ただ歌うだけでなく、音を「表現する」楽しさを味わってほしいと願っています。 実際にTちゃんも、練習曲とは思えないほどいきいきとした表情で歌っていました。
この先、みんながどれくらい音楽と向き合い続けていけるのかは、誰にもわかりません。もしかしたら、音楽に打ち込んでいられるのは、人生の中では「玉響のとき」にすぎないのかもしれません。それでも、大人になってふと振り返ったとき、「あの時間が素敵だったな」と思ってもらえるなら、これ以上に嬉しいことはありません。
さて、夏休みが明けると、いよいよ発表会シーズンの到来ですね。実技レッスンに通ってくださっている皆さまは、すでに曲が決まり、練習が始まっている頃かと思います。もし練習が行き詰まったら、イメージに近い絵やキャラクターの動きを思い浮かべてみてください。ちょっとした気分転換や、表現のヒントになるかもしれません。発表会が、お子さま一人ひとりにとっての素晴らしい成功体験となりますように。講師一同、誠心誠意サポートさせていただきます。
どうぞ、素敵な夏休みをお過ごしください!
アノネ音楽教室 浦岡 翠(うらおか みどり) - “みどり先生“
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