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リレーコラム:2026年4月 『音楽が教えてくれたこと』勝野 菜生 (かつの なお)

執筆者紹介:勝野 菜生 (かつの なお)

ピアノ・作曲の個人実技レッスン講師、年中長総合コース ピアノグループレッスンの主導講師、高学年総合(エキスパート)コースやユースセッションコースでの音楽史・音楽理論・ソルフェージュ講義主導、教材開発、そして合宿や海外演奏旅行、クリスマスコンサートの企画運営など、幅広い範囲を担当。「なお先生」や「かっちゃん」の名で親しまれています。


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音楽が教えてくれたこと


新年度が始まり、早いもので1ヶ月が経ちましたね。心機一転、これを機に新しい習慣を始めてみよう! と取り組み始めた方もいるのではないでしょうか?


習慣といえば、楽聖としてのみならず奇人としても知られていたベートーヴェンは、毎朝コーヒー豆をきっちり60粒数えてからコーヒーを淹れていたそうです(諸説あります)。

先日、私が担当しているユースセッションコースの座学のクラスでこの話をしました。その後「なぜ60粒だったのか」をチームで話し合ってもらうと、さまざまな答えが返ってきました。

「60粒がちょうどいい濃さだったからなんじゃないか」

「彼は難聴だったから、医者に許された上限ギリギリの量がコーヒー豆60粒だったんじゃないか」

「60歳まで生きたい! という願掛けだったんじゃないか」

もちろん、本当の理由はベートーヴェン本人しか知りません。でも、「あのベートーヴェンのことだから、きっと何か強いこだわりがあってやっていたにちがいない」という前提でどの案も考えられていて、それぞれにとても興味深く感じられました。

同じ授業で、ロシアの作曲家 チャイコフスキーの生活習慣についても話しました。彼は、毎日きっかり2時間の散歩を欠かさなかったといわれています。しかも、2時間をちょっとでも過ぎると不幸になる…と考えていたのだとか。

こちらも「なぜ彼は2時間という数字にこだわったのだろう?」と問いかけてみたところ、

「インスピレーションを得るためだけど、疲れすぎてもいけないから2時間」

「ゆったりした曲を書くために、ゆったり歩いていた」

「宗教上の理由なのではないか?」

などの意見が上がりました。

さらに面白かったのが、続けて子どもたち自身の習慣を尋ねたときのことです。

正直なところ、私は「習慣なんて特に無い!」という返事を少なからず想定していました。ところが、返ってきた答えはまさに十人十色で、想像をはるかに越えた多様さでした。

「寝る前に仮面ライダーのテーマ曲計24曲を1時間かけて聴いてから眠りにつく」

「毎日通学にかかる1時間のあいだに、2から10,000までの素数を数えている」

「7:10に気持ちよく起きるために、7:05から1分刻みで大音量のアラームが鳴るように設定して、7:10に鳥の囀りが聞こえてくるようにしている」

思わず「なんだそれは!?」と突っ込みを入れたくなるものも多かったのですが、妙に納得してしまった部分もあります。どの意見にも「ベートーヴェンの豆60粒」に共通する、子どもたちなりのこだわりや美意識が感じられたからです。

 *ユースセッションコース:中学生〜大学生を対象に、月3回土曜日にお茶の水で開催する集団音楽教室。


ところで私は、子どもたちに作曲家の話をするときに、大事にしていることがあります。それは、作曲家の人生を通じて、子どもたちが「自分はどう生きるか」を考えるきっかけをつくることです。

作曲家の授業用資料を準備するとき、私はその人となりや人生について改めて掘り下げるようにしています。彼らの生涯において、いつ、どのようなことが起こったか。どんな時代に、どんな作品を、どのような技法で作ったのか。その軌跡をたどっていく過程で、その人の生きざまや美学がはっきりと立ち現われてくる。心が動かされる瞬間です。


授業のためにラフマニノフの人生について調べたときにも、そんな気持ちになりました。帝政ロシアにおいて作曲家としてのキャリアをスタートしたラフマニノフは、後年、ロシア革命の影響でアメリカへの亡命を余儀なくされました。たとえ祖国を追われても、国籍を変えるにはなかなか踏ん切りがつかなかったようで、結局亡くなる直前まで帰化していません。いつかあの故郷に帰るんだ。そんな思いがあったからこそでしょう。


亡命先のアメリカでは主にピアニストとして活動し、必死に家族を養いながら生活していました。アメリカに渡った後、亡くなるまでの20数年のあいだに作った曲はわずか数曲。友人に「なぜ作曲をしないのだ」と問われ、「もう何年も、ライ麦のささやきも、白樺のざわめきも聞いていないのに、どうやって作曲するんだ?」と語ったと伝えられています。自然に恵まれた故郷を離れ、目の前のことに追われ続ける日々にあって、抒情的なメロディが生まれにくくなっていたのでしょう。

例外として、スイスで休暇を過ごした折りには、有名な『パガニーニの主題による狂詩曲』を書き上げています。故郷からは遠く離れていても、美しい自然の中に身を置くことで、大きく心が動いたためでしょうか。ラフマニノフは、自分が心の底から感動できる居場所を、本能的に知っていたのかもしれません。


習慣も、居場所も、突き詰めれば「自分が何を大事にして生きているか」の表れだといえます。どんな環境で、どんな思いやこだわりの中で時間を繰り返していくか。その積み重ねが、その人自身を形作っていくのではないでしょうか。


ベートーヴェンの毎朝の習慣を紹介した翌週の授業では、コーヒー豆を準備し、それぞれ実際に60粒数えてみるという取り組みをしました。とりあえず豆をがっとつかんで数えていく子。数えた豆を山積みにする子。10粒ずつ横並びで綺麗に並べながら数えていく子。数え方にもそれぞれの性格が出ていて興味深かったです。

「60粒って意外と少ないね!」

「毎朝こんなことをするのかと思うと面倒だな。目分量でいいじゃん」

「数えている間、さっき練習していた曲がずっと頭の中を流れていた…」

「これがチョコだったら数えずにさっさと食べた!」

将来、豆の数を丁寧に数え、ハンドドリップして束の間のコーヒータイムを楽しむ。そんなゆったりとした時間を味わい深く楽しめる大人になってくれたら嬉しいな、とも願っています。


アノネ音楽教室は、音楽で人を育てる音楽教室です。レッスンで演奏技術を磨くことはもちろん、音楽にまつわる知識から生きることの美学を学び、仲間との交流で社会性を育む。そういった経験のすべてが、子どもたちの糧になると信じています。個人や集団のレッスンはもちろん、夏の音楽合宿といったイベントもそんな思いで作っています。音楽は、音楽だけを教えてくれるものではない。そのことを子どもたちにも感じてほしいと思いながら、今日も子どもたちと向き合っています。


アノネ音楽教室 勝野菜生(かつの なお)- なお先生 -


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コラムに対するご感想などがございましたら、

info@anone-music.comまで、ぜひお寄せください♪


 
 
 

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