執筆者紹介:牛島 みずき(うしじま みずき)
子どもたちからの愛称は ”みずき先生” で、アノネ音楽教室に数名いる「みずき」先生の一人。専門の楽器はコントラバスで、個人実技レッスン・コントラバス科講師、ジュニアオーケストラコース講師やヴァイオリングループレッスン講師など、主に弦楽器のクラスで活躍しています。気さくで親しみやすい性格であることから、年中・年長さんから中高生、保護者の皆さままで幅広い年代から支持を受けています。
他の弦楽器に比べてサイズの大きなコントラバスは、比較的高い年齢になってからスタートすることが多い楽器です。現在小学校高学年や中高生でアノネ音楽教室に何年も通っている子が、みずき先生のコントラバスのレッスンを始めるケースが増えています。
「僕も大きくなったら格好いいコントラバスをやってみたい! そのためにも、今通っているクラスでがんばるぞ!」
そんな小さな子どもたちもたくさんいるのだとか......!
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『先生の言葉』
私は子どもの頃からお正月が大好きです。
お節料理、お年玉、親戚の集まり、凧上げ……お正月には楽しいことがいっぱい!
大人になり、お節料理が出てくるのを待っている側から準備する側に、お年玉をもらう側からあげる側にと立場は変化しましたが、それでもお正月が好きな気持ちは変わりません。毎年ウキウキした気持ちで新年を迎えております。
その中でも私が特に楽しみにしているのが『初夢』です。
残念ながら『一富士、二鷹、三茄子』の夢は未だに見たことはありませんが、(新しい一年はどんな年になるのだろう?)と、大晦日の夜は占いやおみくじ感覚でドキドキしながら布団に入るのが習慣になっています。
今年の初夢は次のような内容でした。
夢の中で私はコントラバスを抱え、薄暗い廊下をどこかに向かって歩いています。
壁ぎわには使い古されたロッカーがずらっと並んでいて、タイル状の床はエンドピン(※)で削られボコボコにへこんでいます。
廊下の先には非常口の扉があり、扉付きの小窓から射しこむ強い光が、おおよそ昼ごろの時間帯であることを示しています。
通い慣れた道のりの見慣れた景色でしたから、私は自分がどこに向かっているのか察することができました。
そこは私が学んだ大学の旧校舎で、足が向く先はレッスン室でした。
非常口の手前の角を右に曲がって、一つ目の部屋の扉を開けます。
部屋の片隅にある椅子に手脚を組んで座っている男性は、私の楽器の先生でした。倒れそうな角度で椅子の背にもたれている姿勢から、ひと目で判別できました。
夢の中の私はどうやら、これからレッスンを受けるようでした。
こちらをちらっと見て、
「......で、今日は何弾くの?」
と、先生が低く曇った声で眠たそうに尋ねます。
私は一呼吸し、学生の時と変わらないテンションで、
「その前に先生! 聞いてください! 私結婚したんですよ!!」
と勢いよく言いました。すると先程までの様子が嘘だったかのように先生の背筋がシャキッと伸び、目を輝かせながら、
「え!いつ!?」「どこで!?」「どんな人と!?」
と、興味津々に質問してきます。
(先生のゴシップ好きは変わってないなぁ)。
そう思いながら、大学に通っていたあのときと同じように先生と話せるのが、たとえ夢でも嬉しく思いました。一通り質問に答えた後、
「まぁ、君がいいならいいんじゃない」
と、言われたところで目が覚めました。
顔は涙で濡れていました。
私の先生は少し変わったレッスンをされる方でした。レッスン中、先生は一切楽器を弾かないのです。指導は言葉のみ。しかも言葉数が多いわけではなく「そこはもっと大きく」など、気になったことをボソっと呟くのみ。しかし、この言葉が的を射ているのです。あとで録音を聞いてみると、レッスンの最初と終わりでは明らかに演奏のクオリティが違っていました。
先生が「まぁ、いいんじゃない」と言う時は、本当によく弾けている時のみでした。この言葉をいただいた日には門下生たちのあいだで、
「今日、先生の『まぁ、いいんじゃない』が出ましたー!!」
と、大いに盛り上がったものです。
レッスン以外の場面でも先生とはたくさんお話をしました。思い返してみると、先生と話している時はいつも笑っていた気がします。
今でも大学の友だちに会うと、
「先生こんなこと言ってたよねー!」
と、思い出話に花が咲きます。
日本を代表するオーケストラの主席コントラバス奏者だった先生。誰からも愛される人柄と多くの経験から紡ぎ出される温かい言葉は、私たち門下生にとって学びの指標であると同時に、青春の宝物でもありました。
2022年7月。
最後の門下生の卒業を見届け、大学教授を退職されてから4ヶ月後。
先生はご逝去されました。
音楽とともに歩み、『先生』という職務を全うされた人生は、最期までこの方らしく、とても格好いいなと思いました。
学生時代から時は経ち、自分もアノネ音楽教室で『先生』と呼ばれるようになりました。子どもたちとレッスンをしていると、
「あー、私も昔同じこと言われたなぁ」
「先生が言いたかったことって、こういうことだったんだ!」と気がつくことが多々あります。大学時代にいただいた言葉が、私の中で根を張り生き続けているのです。
では私は子どもたちに何を残せるのか、とレッスンや授業の度に考えます。
初夢は「まぁ、君も生徒たちのために頑張りなさい」という天国にいる先生からのエールだったのかもしれません。アノネ音楽教室、アノネの先生たちとの出会いを通して、子どもたちが音楽を心から好きになってくれたらこれ以上嬉しいことはありません。彼らが大人になったときに「アノネ音楽教室に通っていて良かった!」と思えるよう、演奏面でのアドバイスとともにコミュニケーションを大切にしながら、気持ちもプラスになる言葉を送り続けます。
今年も子どもたちの「音楽って楽しい!」という気持ちを育んでいけるように、邁進してまいります。あらためてどうぞよろしくお願いいたします!
*チェロやコントラバス等の大型楽器の底部にある、楽器を支えるための棒状の部品
アノネ音楽教室 牛島みずき(うしじま みずき)- ”みずき先生”
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