執筆者紹介:勝野 菜生(かつの なお)
ピアノ・作曲の個人実技レッスン講師、年中長コース ピアノグループレッスンの主導講師、エキスパートコースや中高大学生ユースセッションでの音楽史・音楽理論・ソルフェージュ講義主導、教材開発、そして合宿や海外演奏旅行、クリスマスコンサートの企画運営など、幅広い範囲を担当。「なお先生」や「かっちゃん」の名で親しまれています。学生時代よりサポート講師として活躍し、長年子どもたちと触れ合い続けてきました。子どもたちの変化やちょっとした様子を見逃さない観察眼を持ち、初めて会う子どもたちとも、あっという間に信頼関係を築いてしまいます。作曲家としての生来のクリエイティブさが至るところに発揮され、ちょっとしたデザインをおしゃれに仕上げるなど、隠れたスキルで人を驚かせることも。さまざまな顔を持つ先生です!
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『信じる』
GWが明けたある日のこと。私のピアノレッスン生であるAちゃんが、検定試験*の曲として取り組んでいる『三どのワルツ』(三善晃作曲)の演奏を突然やめ、「うわー!!」と声をあげて泣き出しました。そして、「先生!私、強弱をつけて弾けないの!検定では強弱をつけて弾かなくていい?」と言います。
*検定試験
実技レッスンを受講している小学生以上を対象に、1年に1回、等級ごとに決められた課題曲に取り組み、本番の演奏を撮影して記録するものです。その後、お子さまのがんばりや成長、次のステップに向けた課題を担当講師が言葉にした「講評用紙」と、合格証書をお渡しします。発表会同様、目標を持って練習することが飛躍的な上達につながり、大きな成功体験からは自信と意欲が育まれます。
「絶対にできやしない!」と泣き続け、私の言葉に耳も貸さないAちゃん。時間をおき、少し落ち着いた後で真意を尋ねると、「始めの方はずっとピアノ(弱く)で弾きたいのに、途中でどうしても音が大きくなってしまうの!」とのこと。
強弱をつけて弾くことは、前回のレッスンで一緒に取り組み、宿題にもしていました。Aちゃんはそれをちゃんと覚えていて、おうちでも練習をしていたようです。しかし、指のコントロールがうまくいかず、自分の理想と異なる音が出てしまう。納得のいく演奏ができないままレッスンの日を迎えてしまい、「できない!でも、検定が近づいている。どうしよう!」と焦りの気持ちから、冒頭のような状態になってしまったそうです。
元々、うまくいかないことがあると不安な気持ちが強くなり、パニックを起こすこともあるAちゃん。これまでにも似たようなことは何度もありました。しかし、私はその度にAちゃんへの尊敬の念を新たにするのです。
今回、私が彼女を尊敬したポイントは、
・「通して弾ければ完成」ではなく、強弱などの表現を含めて仕上げたいという姿勢
・「こうやって弾きたい!」という理想の演奏がイメージできていること
・自分が今出している音をよく聴きながら演奏できていること
・理想の演奏と、今の自分の演奏にズレがあることに気づいて、ブラッシュアップしようと自分に向き合っていること
・前のレッスンでやったことを覚えていて、お家で取り組んできたこと
といった具合で、「総じて、すごい!!」と感じました。
「うまくいかない!悔しい!」と思えるのは、向上心があるからですよね。
私からは上記の尊敬ポイントを伝えると同時に、Aちゃんには「成長は一直線ではない」という話をしました。これは、自分自身を振り返ってもそうですし、数年にわたって子どもたちを見てきて思うことでもあります。
「先週はドの音が弾けた!今日はレも弾けるかな?」と予想して、結果は「今日もドが弾けたね!(レはまた今度!)」。「今日は一人でレッスンを受けられた!」と思ったら、次の週には「やっぱりお母さんと一緒じゃなきゃ無理!」と逆戻り。ある作曲課題に取り組んで、ミスをする。「今度こそ!」と思いながら次の課題に取り組んだら、今度は別のミスをする…(これは私の学生時代の話です)。
「いつステップアップするのか」と、やきもきしながら根気よく続けていると、ドやレだけでなく、ミやファが使われたメロディも弾けるようになる。一人でレッスンを受けることが当たり前になって、教室に一人で来ることもできるようになる。いつの間にかミスが減って、その作曲課題が得意になる。
『種は芽が出る。芽は伸びる。そういう風にできている』と、アノネ音楽教室が所属する花まるグループではよく言います。『誰もが生まれながらにして、伸ばしていくべき種を持っている。しかし、“水のあげ方”で伸び方は変わる。どんなに小さな変化も見逃さず、過程も含めて認める。だめなことはだめと叱る。何より“絶対に伸びる!と信じ続ける”』
この“信じ続ける”というのが、難しいことだなあと思います。時に先行きが見えないと、成長は一直線でないとわかりながらも、「このまま伸びないのではないか」と、心が揺らいでしまうものではないでしょうか。
「絶対に伸びる!」という、ある種根拠のない自信は、周りにいる誰かからの言葉や信頼の影響が大きいように思います。この人から信じてもらえるから、自分自身を信じられる。自分のことが信じられるから、他人のことも信じられる。
そんなふうに信頼のリレーをつなぐ走者の一人でありたい、と思う今日この頃です。
さて、Aちゃんに「成長は一直線でない」という話をした際には、私の経験である“作曲課題のミスが続く例”を引き合いに出し、「先生もそういうことがあったんだよ〜」と伝えました。大きな波は去ったものの、未だパニックの最中にいたAちゃんは、私の経験談ではイメージが湧かなかったようで「いや!私はそんなふうに成長しないと思う!!」と再びヒートアップしてしまいました。そこでもっとイメージしやすいように「Aちゃんも、赤ちゃんの時は自分で靴を履けなかったでしょう?でも、お家の人に手伝ってもらったり、自分で何度も試して履けるようになっていったんじゃない?」とエピソードを変えたところ納得したようで、けろっと泣き止んだのでした。トライアンドエラーの経験も、自信の種を成長させる要素の大事な一つですね。
その後Aちゃんは、ゆっくりとしたテンポでの練習を取り入れ、次の週には安定してピアノ(弱く)で演奏できるようになりました。しかし今度は「レッスン室のピアノは家のピアノと違うから、音が出ないときがある!」とのこと。またまた成長の種を見つけたAちゃん。いったいどこまで伸びていくのでしょう!楽しみです。
アノネ音楽教室 勝野 菜生(かつの なお)- ”なお先生”
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