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リレーコラム:2024年2月『月をさす指』佐藤 泉純 (さとう いずみ)

執筆者紹介:佐藤 泉純 (さとう いずみ)- ヴァイオリン講師

子どもたちからの愛称は”いずみ先生”で、専門の楽器はヴァイオリン。個人実技レッスンやジュニアオーケストラの指導や、ヴァイオリングループレッスンの主導講師を担当。ヴァイオリン演奏だけでなく、中学時代に合唱部を部長として率いてNHK全国学校音楽コンクールで活躍した経験から、やわらかく美しい歌声で合唱や集団レッスンをリードすることも。また、Webページ作成をはじめとしてデザイン面でのスキルも高く、類稀な多彩さでアノネ音楽教室を盛り上げています。


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『月をさす指』


 私が高校生のころ、とある本の中でこんなお話と出会いました。


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 少女は夜空を見上げていた。澄んだ空気に明るく輝く月が美しい、と思った。あんなに月が美しいことを、みんなにも教えなくっちゃ。そう思った少女は月を指差しながら「ほら見て、月があんなに美しい」と周りの人に教えた。


 来る日も来る日も月を指差して皆に教えているうちに、少女は自分の指先にハッと気がついた。おや?爪が伸びているわ。美しい月を指差して教えてあげるのに爪が汚いとダメだわ、と思った少女は爪を程良く切り、それを研ぎ始めた。時に色を塗り、毎日爪のケアに明け暮れるようになった。


 年月が経ち、来る日も来る日も爪を磨きながら少女が女性へ成長した頃には、もはやあの美しい月のことは忘れてしまっていた。


千住真理子『ヴァイオリニスト20の哲学』Kindle版, 株式会社ヤマハミュージックメディア, 2014年, 位置No.38

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 日本を代表するヴァイオリニスト・千住真理子さんの著書『ヴァイオリニスト20の哲学』の冒頭の文章です。皆さまにご紹介するにあたりこのお話の出典を調べてみたのですが、どうやら仏教の説話であるようです。歳月が経ち、今改めて同著を読み返すと、著者のあまりにストイックな思想に舌を巻くばかり……正直に言って、内容は自伝的な要素が多いため一種の指南書として読むのはおすすめできません。しかし、この「月をさす指」の話はなぜか当時から強く印象に残っており、今もなお私の心に問いかけ続けています。


「あなたは今、月を見ているのか?それともそれをさす指を見ているのか?」


 千住真理子さんは同著で自身の挫折や苦悩について赤裸々に綴っています。今も第一線で活躍されている大演奏家と同列に語るのは非常におそれ多いのですが、私もヴァイオリンを続けていくか悩んだことがありました。

「自分はまだ人前で演奏できるようなレベルには達していないから」と、演奏会に出るのをためらい、「自分のヴァイオリンはきっと通用しない」と試してもいないのに音楽の仕事を断ろうとしたこともありました。先の寓話にもとづくなら、私は”月”を忘れ、それをさす指ばかり見ていました。


 けれど、私には最強の味方がいました。それは、両親です。両親は決して”月"を忘れませんでした。私がヴァイオリンを弾くと、両親は毎日聴いているはずなのに、そこにいつも新鮮さを見出して驚くかのように「いずみのヴァイオリンは素敵だね」と言うのです。その言葉のおかげで私は安心し、たとえ”月”を見失ってしまったとしても、再び見つけることができました。


 冒頭の寓話へと焦点を戻してみましょう。このお話を私の体験になぞらえて解釈してみます。「月」は理想、それをさす「指」は理想を叶えるための努力、あるいは練習でしょうか。シンプルに読み解くなら「目的と手段の因果を逆転してはならない」という訓話と考えられます。しかし、それが結論ではないこともまた明白です。


 そもそも、目的と手段が逆になってしまったからといって、それまでの努力や身に着けた実力がなかったことにはなりません。「あんなふうにヴァイオリンを弾いてみたい!」という憧れを現実にしようと努力を重ねられること自体、素晴らしいことです。しかし、きっとこのおたよりをお読みの皆さまはよくご存じのことと想像しますが、「思い通りに演奏する」ためには途方もない時間を要します。肝心なのは、子どもたちがその歩みのなかで自分の成長を知り、それを家族といった身近で大切な人たちと共有することではないでしょうか。そして、それらをつなぐことこそが私の役目だと考えています。


 講師という務めをするようになった今、先の寓話は私にとってより意味深いものになりました。子どもたちが音楽における原体験で得た感動を見失わないようよく見守りなさいと、いつも教えてくれます。


 音楽は多くの歓びを届けてくれます。自分の両手が、声が、身体ぜんぶが楽器となって音を奏でる体験には得難いものがあります。私は講師として、子どもたちが音楽を通じて得た感動を大切にし、一緒に努力を積み重ねながら歩み、その過程を一人でも多くの人と共有したいと願っています。


アノネ音楽教室  佐藤泉純

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コラムに対するご感想などがございましたら、

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