『ソリチュード』
先日、指揮者の小澤征爾さんがお亡くなりになりました。世界中から哀悼の言葉が贈られているのを、多くの方が目にされたのではないでしょうか。小澤さんは私の母校である桐朋学園音楽科の第1期生でもありますが、音楽家としての偉業は私が語るまでもありません。私自身も小澤さんの演奏をたくさん観て育ちました。
また、音楽家たちが若い頃に小澤さんの著書『ボクの音楽武者修業』を読んで刺激を受けたことについて書いた記事を数多く目にしてきました。実は私もそのうちの1人で、留学すると決まった際、誰かからもらって読みふけりました。小澤さんがスクーターに日の丸を掲げて、貨物船で数か月かけてヨーロッパに向かった冒頭の話から、行く先々で道を切り拓いていくことまで、当時留学を目前に控えた18歳の私にずいぶんと勇気をくれたことを覚えています。
さて、話は変わりますが先日とある番組で保育士さんがこのように言っているのを目にしました。
「もし子どもが『靴下を履かせてほしい』といったとき、実はやってあげた方が良い。なぜなら、親に甘えたい気持ちを幼少期に受け止めてあげることが、安心と自立につながるから。逆に『自分でやりなさい』と返すと、甘えたい気持ちを受け止めてもらえるまであの手この手で甘えを繰り返すことになり、自立から遠のいていく」というものでした。
どんな親だって「何でも一人でできるようになってほしい」と願うのが普通で、親心とはそういうものでしょう。しかし、そのための支援のあり方は難しいものです。一方、その人の自立を支えるのが安心感だということは、幼児だけではなく大人であっても同じではないかと思っています。
というのも、私が留学することになったきっかけは、まさに自立というところにあったからです。高1か高2くらいの実技の試験では恩師に「芯のある音がほしい」と言われ、それを理解するのに時間がかかりました。高校3年生になったとき、自分にはそもそも人としての芯が無いことに気が付き、留学を決心しました。当時付き合っていた彼女と同棲をして、今思えばほとんどヒモのような状態で、たまに実家に戻ると母親に「あんたはいつもフワフワしてる」「地に足つけなさい」と言われたものです。「たまに会った俺を見て、何がわかるんだ」と当時は思っていましたが、高校3年になったときには大方自覚が生まれたというわけでした。家族や友人と、自分にはたくさん居心地がよい場所があるけれど、なんとなく人生に緊張感がない。がむしゃら感がない。そんな気がしていたからです。
そんなふうに、生ぬるい学生生活を過ごしているのではないかと思い始めたとき、学内のコラムとして届いた、原田幸一郎さん(東京クヮルテット 創設メンバー)のジュリアード留学記を拝読しました。そこに書かれていた「人生で一度はトイレと飯以外は音楽に身を捧げる時代がなければならない」ということに唸らされました。
同じ時期に、別の教授から、「人生には”3S”が大事だ」という話を聞くことがありました。それは「”Silent” / “Space” / “Solitude”という静かな音楽に集中できる環境で、前向きに孤独と向き合いながら音楽を学ぶ」という話です。孤独であれば、”Alone”(一人ぼっち)や”Lonliness”(望まない孤独)などの言葉もありますが、”Solitude”という語は「他の人がいないことによる寂しさだけでなく、その自由さを歓迎する意味も表すことができるものです。一人で演奏するソロの意味は、一人で孤独なのではなく、自由に音楽を歌いあげているということなのです。
留学には精神的自立を求めて行ったので、家族とは4年近く連絡を取らずに学生生活を送り、帰国後も演奏生活に励みました。自立を望んだ留学生活では、没頭できる環境をつくるために交友関係を完全に絶って練習に明け暮れましたが、人と話さなすぎて、表情筋がなくなってしまって笑えなくなるほどでした。当時は父親が脱サラし、経済的に困窮していたこともあり、テンションが落ちることがしばしば。しかしテンションが下がってもそこから滑空できたのは、やはり家族への安心感でした。一家が大変な時期に信じて送り出してくれた親を思うと、踏ん張れたのでした。
自分の心の奥に家族への安心感があることを炙り出されたとき、自立とは、孤立無縁でも生きていけることではないということに気がつきました。自立とは、自分を信じてもらえている安心感があったうえで、その確信を支えに一人で歩めるようになることなのだと。
先生として歩むようになった今、そばにいて関わる子どもたちを信じ続けられる存在でありたいと思います。
アノネ音楽教室代表 笹森壮大
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