執筆者紹介:浦岡 翠(うらおか みどり)- 声楽講師・合唱指導者・集団音楽教室 教室長
子どもたちからの愛称は”みどり先生”。専門は声楽。いつも明るくニコニコで、教室に来るなり子どもたちが寄ってくることもしばしば。学生時代は声楽を専攻し、特にオペラをよく研究してきましたが、ジャンルにかかわらず美しく歌い上げる柔軟さの持ち主でもあります。イタリア、エジプト、ケニア、インドネシア…。どんな国の歌でも、まるで現地の人が歌っているかのように変身します。その美声と声量を活かし、花まる学習会の教室長としても活躍中!
アノネ音楽教室 坂村将介(まさ先生)より
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アノネ音楽教室で小学生以上が日々取り組むオリジナルアプリ教材『Primo』では、プレイして得たスタンプを貯めると、さまざまな作曲家の作品を聴けるようになります。私のクラスに通う2年生のTちゃんが、作曲家ヘンデルの『水上の音楽』より《アラ・ホーンパイプ》という曲を聴けるようになったときのこと。レッスンに来るなり、
「この曲ワクワクするから大好き!楽しい気分のときに聴いているの」
と感想を語っていました。私も嬉しくなって、
「そうだよね!すごく素敵だよね」
と、しばらく一緒にその曲を聴いていました。
私はこういった子どもたちの発言に驚き、感動することがあります。その日一緒に遊んだ友だちの話をするかのように、何世紀も昔からあるものに心躍らせて話す姿にです。そういった作品が長く愛され続ける魅力を、彼らが物語っているように思います。
さて、当教室では、2025年3月に海外演奏旅行を開催する計画をしています。オーストリアのウィーンに行き、大きな教会で演奏したり、作曲家の生家やお墓といったゆかりの地を訪ねたり…。貴重な機会がてんこ盛りの1週間です。しかし、参加対象の方でもどうしようかなと悩んでいらっしゃる方や、
「私は行かせたいんですけど、子ども自身が乗り気じゃないんです」
といったご家庭もあるのではないでしょうか。
私自身にも似たような経験があります。皆さんは、「あのときこうしておけば…」と後悔していることはないでしょうか。私は、基本的には「過ぎてしまったことは仕方がない」と楽観的に考えるのですが、唯一後悔して止まないことがあります。演奏旅行を売り出したいというよりは、ぜひ皆さんに一生ものの経験を届けたいという思いから、私自身の経験談をお話しさせてください。
私は、幼少期から上京して地元を離れるまで、祖母や母に連れられて小さなキリスト教会に通っていました。そこで大好きな祖母と一緒に讃美歌を歌う時間がいつも楽しみでした。
その教会では、数年に1度アフリカの国々に行き、現地の人たちと一緒に音楽で交流するという催しが行われていました。小学3年生くらいになり、ついにその会に参加できる年齢になると、教会の先生たちから、
「翠ちゃん、行ってみない?すごく良い経験になると思うよ」
と声をかけていただきました。私の父や母も、
「行ったらいいじゃない!」
と言ってくれていました。しかし、私は行ってみたいという気持ちよりも、行ったことのない海外に対する恐怖や、何日も家族と離れることへの不安の方が大きく、”行かない”という選択をしました。
数週間後、その交流会に参加した人たちが帰国すると、いつもの礼拝で、アフリカから持ち帰った楽器とともに現地の歌を楽しそうに歌う姿がありました。そのとき、私の体温がカーッと上がったことをよく覚えています。あんなに楽しそうな経験ができるチャンスを、なぜ私は手放したのか。自分はなぜあのなかにいることができないのか。そういった自分自身への怒りと、すごく良い経験をしてきた人たちに対する、ほとんど嫉妬のようなうらやましさによるものでした。
“アフリカに行って、現地の人々とともに過ごし、その文化に触れるという経験を自ら手放した”
これが、今までの私の人生における、唯一の後悔です。
そこから10年ほど経ち、私は歌を志してオペラを中心に学ぶようになりました。大学に入ると、カリキュラムの一環でオペラの本場イタリアでの研修がありました。そこで初めて海外の空気に触れ、現地の人々と言葉を交わし、彼らが普段どのようにその地の文化と関わっているのかを知りました。知識に留まらず、”体感すること”ができたのです。街の至るところに教会があり、人々が日常的に祈りを捧げ、歌っていること。石造りの建物は声がよく響くこと。カフェでコーヒーを飲みながら世間話をするマダムたちの声がよく通り、その地の人々の骨格や発声が私たちとは異なること。本当にたくさんの刺激を受けました。異文化に飛び込んで、私が日々学んで愛する音楽への興味がそれまで以上に深まりました。もっともっと音楽を、歌を、探究したいと思うようになりました。
さらに数年後、アノネ音楽教室でさまざまな国の歌を子どもたちと歌うようになり
「やっぱりあのときアフリカに行っておくべきだったな…」
と思い返す機会が増えました。外国に行って、現地の音楽に触れられるチャンスはそう多く訪れるものではありません。だからこそ、少しでも”行きたい”という気持ちがあるのなら、絶対にそのチャンスを逃さないでほしいと思っています。
小学3年生の頃の私のように、興味があってもどうしても勇気が出ないという子がいるかもしれません。そんなお子さまには、保護者の皆さまが目いっぱい背中を押してあげてください。押し出すくらい強引でいいかもしれないとさえ思います。「あのときは私の背中を押してくれてありがとう」と、大人になってから思う子もいるかもしれません。
とあるピアニストが言いました。
「今は動画でたくさんの素晴らしい演奏を聴くことができるけど、生の演奏にはどうしても敵わない」
冒頭の『Primo』のお話のように、きっかけは日常のなかにたくさんあります。それが生の音楽のように実体験となれば、さらに心を震わせるようなエネルギーに触れることができるものです。そして、何かアクションを起こしたくなり、成長への大きなステップにつながることもあります。今回の演奏旅行や音楽に関係することに限らず、スポーツの試合、バレエや演劇の舞台などなど。心震わせて、人間の生の熱量をたっぷり感じられる機会をたくさん経験し、たくさんのエネルギーをもらって大きくなっていく。そんなふうに歩む一助になれることを目指し、お子さまをサポートしてまいります。
アノネ音楽教室 浦岡 翠(うらおか みどり) - "みどり先生"
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