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代表笹森コラム 2023年10月

※当コラムに登場するAくんご本人と保護者の方に確認のうえ、配信しております。


 ある夜のこと。高校生のAくんから

「こんばんは。夜遅くにごめんなさい。明日相談したいことがあるので、時間をつくってもらえませんか」

と連絡がありました。時刻は深夜12時。わざわざそんな真夜中に声をかけてくれたのだからよほどのことだろうと思い、翌日話すことにしました。


 当日彼の話を聞いてみると、想像とは違う内容でした。夜、駅前でストリートライブをしていたバンドにチェロの奏者がいたらしく、その演奏を見ていたところ声をかけてもらったそうです。

「チェロが好きなの?」

という問いかけに、

「はい。チェロをやっています」

と答えたところ、

「じゃ一緒にセッションしてみよう」

という流れになり、その場でバンドに参加してチェロを演奏することになりました。


 演奏が終わると、お客さんからは拍手とともに現金が投げ込まれました。そこで、奏者の一人が、

「これ、君がもらいな!」

とお札を数枚Aくんに渡したのですが、彼は、

「いえ、大丈夫です。もう帰ります」

と、その場を後にしようとします。それでも

「これはもらっておきな!」

とポケットに無理矢理お札を詰め込まれたのでした。


 再度お金はいらないと主張しましたが、結局ねじ込まれる形でお金を渡されたそうです。そのことがすごくショックで、泣いて家に帰ったといいます。私としては、いかにもAくんらしいと感じるエピソードでした。


 彼は小学2年生から3年間、集団音楽教室の私のクラスの生徒でした。まぶしいほどにいきいきと歌い、心から音楽が好きなことが伝わってくる子でした。


 そんなAくんはアノネ音楽教室とは別の場所でピアノを習っていたのですが、いくつかの困難を抱えていました。LD(学習障害)を持ち、特に譜面を読むことや微細運動が苦手でした。複雑な動きをしなければならないピアノのお稽古は、彼にとってはとても辛かったそうです(LDを持つ著名人として、トム・クルーズやスティーヴン・スピルバーグなどが挙げられます)。当時は苦しさのあまり夜中に泣いて起きてきて、自暴自棄な発言をしてしまうということを、お母さまから面談でお聞きしました。歌と違って、楽器は両手で違う動きをする必要があるため、LDを持つ子たちにとっては特に難しいことです。特別な事情がなかったとしても、右手で箸を使いながら左手で文章を書く以上に複雑な動きをするわけですから、困難がある彼にとっては非常に苦しい時代が長く続いたわけです。幸いにもピアノの先生が素晴らしい方で、たくさんフォローしてくださったことで、なんとか続けられたということでした。


 一方で、年に1回ぐらいは、チェロに憧れていて習いたいというご相談を、親子からいただいていました。ただ、私はその当時彼がピアノを毎日練習できていなかったことから、弦楽器はなおのこと難しいだろうと思っていました。また、ゼロからのチャレンジよりも、経験を積み上げてきたピアノを伸ばす方が彼にとっても良いと考えていました。そのため、

「ピアノが毎日練習できるようになったらチェロ習ってもいいよ」

「弦楽器はもっと大変かもしれないよ」

と伝えてきました。


 そのまま月日は流れ、彼の音楽好きが高じて、中学受験を経て音楽学部がある中学校に入学しました。オーケストラ部に入ってチェロを始める予定だったのです。しかし、コロナの流行と重なり部活動が休止。結局念願のチェロが遠のいてしまい、チェロをやりたいと再度私の門を叩くのでした。私もその情熱に根負けして、ついにチェロの生徒として受け入れることになりました。


 いざ実際にレッスンを始めてみると、困難は想像以上のものでした。たとえば、年長さんでも大概はできるはずのリズムのカウントができない。つまずく必要がないところでも、不必要につまずく。とにかく極端に不器用で、何かが彼のパフォーマンスを邪魔するのです。本人が頭で理解していても、身体が思うように動きません。マルチタスクは難しく、演奏するための動作をひとつずつ分解しなければ体得できないという状況でした。


 当たり前のことを当たり前にできない。そんな姿を見たときに、今までの苦労に想像が及びました。本人の意志とは別に困難が付きまとっている状況に対し、「努力が足りない」「がんばればできる」と言うのでは、あまりにも不条理ではないかと。LDなどの発達障害でよく見られる二次的被害として、そういった不条理な状況がモチベーションまでをも大幅に奪うということが挙げられます。手錠をかけられ、鉛を腕につけられているようなハンデを強いられているなかで練習するのは、他の人の2倍も3倍もストレスがかかります。これは決して大げさな表現ではありません。


 一方で、Aくんはその困難に長年向き合ってきているからか、うまくいかないことを前提に、文句も言わず人一倍練習してくるようになりました。彼が課題をクリアするまでには時間がかかります。私だったらストレスで爆発したり、早々に諦めたくなったりしそうですが、彼は黙々と取り組むことができます。気が付けば音楽高校を受験することになり、毎日最低4時間近くも練習して、無事音楽高校に入学しました。


 この秋はAくんが一人で文化祭の演奏をするというので、文化祭にかけつけました。アノネ音楽教室の夏の合宿で仲良くなった子たちも大勢かけつけていて、彼の人望の厚さが伺えました。そして、ついに始まったAくんの演奏。彼を知らないプロから見れば課題はたくさんあるでしょうが、私には艱難辛苦を乗り越えたその演奏が、ここ数年で最も心を打つものでした。


 さて、冒頭の話に戻りますが、何となく彼の言いたいことは察していましたが、具体的に何が嫌だったのか聞いてみました。すると、

「お金のために演奏したわけじゃないのに、気持ちを冒涜された感じがした」

とのことでした。音楽に実直に向き合ってきたAくんだからこそ、出てくる言葉にも説得力がありました。


 対して、お金をいただくことの意味とボランティア演奏について私なりの見解を伝えたところ、すっきりとした気持ちになったそうでした。ただ、それ以上に音楽に対してまっすぐなAくんの気持ちに触れられたことや、そもそも即席で路上ライブに参加できるほどの成長を遂げた彼に対して、私には非常に感慨深いものがありました。まだまだAくんの人生には荒波があるでしょうが、ともに歩んでいきたいと思います。今後も彼の成長に携われることが楽しみです。


アノネ音楽教室代表 笹森壮大

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コラムに対するご感想などがございましたら、

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